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秋田地方裁判所 昭和31年(ワ)89号 判決

原告 中野重芳 外一八名

被告 大同石油株式会社

主文

被告は原告等に対し、それぞれ別紙第一号目録給料欄記載のとおりの金員及びこれに対する昭和三十一年五月二十三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用中、その八分の七を原告等の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告会社は

原告繁野信次に対し 金二十六万一千七十五円

同 植木兵一に対し 金二十八万八千二百三十五円

笠原初太郎   金二十四万八千四十三円

中野重芳    金二十九万五千九百八円

今井淑郎    金三十三万一千二十二円

笠原保三    金十六万一千五十四円

猿田兼太郎   金二十六万二千三百九十五円

成田楠彦    金十四万九千四百六十円

堀内ユリ子   金十四万九百十八円

茂木朝吉    金十八万八千五百五十円

成田岩吉    金二十万二百円

須藤史郎    金十八万一千五百二十円

石井知也    金十七万五千九百九十六円

大高了三    金二十一万八千三百二十七円

藤田勝雄    金二十二万九千三百四十七円

田村光夫    金十九万千六百四十八円

佐々木キサ   金十八万五千四百二十一円

吉川勉     金十三万二千三十円

小林三重子   金九万九千二十五円

の各金員及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十一年五月二十三日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として原告等は、被告会社と別紙第二号目録「入社年月日」欄記載の日にそれぞれ雇傭契約を締結し、爾来従業員として勤務してきたものであるが、

第一、昭和三十一年四月二十八日、被告会社の都合によつて退職した。ところで原告等を含む大同石油労働組合が、昭和二十九年七月四日被告会社との間に締結した労働協約によれば、同組合員が被告会社の都合によつて解雇された時は、同会社より退職金の外、解雇手当の支給を受ける約になつており、その額は昭和三十一年四月二十九日現在、退職手当については、退職時の一ケ月分の本俸、物価手当、生産手当の合計額に各組合員の勤続年数に応ずる別紙第二号目録「定率」欄記載の数を乗じた額であり、解雇手当については、右月俸、物価手当、生産手当の三ケ月分の合計額であつて、原告等の退職時における一ケ月分の本俸、物価手当、生産手当の額は同号目録の各「本俸」、「物価手当」、「生産手当」の各欄記載のとおりであるから、原告等各人の退職金額及び解雇手当金額は同号目録「退職金額」欄並びに「解雇手当」欄記載の額となり、結局原告等各人は右退職によつて被告会社に対し、同目録「退職金及び解雇手当の合計額」欄の各金員の支払いを請求する権利がある。然るに、被告会社は各金員を右退職後一週間以内に支払うことを約しながら未だにその支払いをしない。

第二、被告会社は原告等に対する昭和三十一年二月二十一日より同年三月二十日までの三月分及び同年三月二十一日より同年四月二十日までの四月分の各給料として別紙第一号目録記載のとおりの金員を支払う義務を有するところ、その支払いをしない。

第三、被告会社は原告等より、昭和三十年四月より昭和三十一年二月までの各月の健康保険料金及び厚生年金保険料金と昭和三十年十月より昭和三十一年二月までの失業保険料金を別紙第二号目録「健康保険料」「厚生年金」「失業保険料」欄記載額のとおりそれぞれ給料より差引徴収しながら国に対してその支払いをしない。よつて原告等は被告に代り国に対してこれ等料金を支払うため、被告会社に対しその支払いを請求する権利がある。

第四、(一) 原告笠原初太郎は被告会社の命により昭和三十一年四月二十一日より同月二十四日に亘り秋田県山本郡八森町より新潟までの出張をなしたから被告会社に対しその出張旅費等合計金五千八百四十円の支払いを請求する権利を有するが、被告会社はその内金四千八百一円の支払をなしたのみで残金千三十九円の支払をしない。

(二) 原告堀内ユリ子は被告会社の命により昭和三十年九月十四日より昭和三十一年四月二十三日に亘り八森町より能代市までの出張をなしたから、被告会社に対しその出張旅費等合計金四千十五円の支払請求権を有するが被告会社はその支払をしない。

(三) 昭和三十一年四月分の交通費として被告会社に対し原告堀内ユリ子は金六百三十円、原告須藤史郎は金二百七十円の各支払請求権を有するが被告会社は未だにその支払いをしない。

(四) 原告藤田勝雄は秋田県山本郡峰浜村沢目、秋田間その他に、数回に亘り出張をなし、被告会社に対しその出張旅費として総額金一万七千九百四十円の支払請求権を有するところ、被告会社はそのうち金千円の支払をなしたのみで、残額金一万六千九百四十円の支払をしない。

以上のとおりであつて、これを合計すれば被告会社は原告等に対し請求の趣旨記載のとおりの各金員を支払う義務があるにもかかわらず、その支払いをしないから請求趣旨の如き判決を求めるため本訴請求に及ぶと述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求は棄却する、訴訟費用は原告等の連帯負担とするとの判決を求め、答弁として、請求原因第一の事実中、原告等がかつて被告会社の従業員であつて、昭和三十一年四月二十八日退職したこと、及び原告等の被告会社に対する勤務年数が原告主張のとおりであること、以上の事実は認めるが、その余の事実は争う。原告等の退職金合計額は金百八十三万二千三百六十二円である。原告等の右退職は原告等各自の都合によるものであつて、被告会社の都合によるものではないから、原告等は労働協約第六十二条により被告会社に対し右所定額の退職金を請求する権利があるのみで、それ以外に解雇手当金等を受くべき権利はない。即ち昭和三十一年四月二十四日大同石油労働組合の代表者である原告今井淑郎外三名が、被告会社代表者大谷御代七外一名と、東京都中央区銀座東八丁目四番地全国燃料会館四階早川事務所において、訴外早川静男立会の上団体交渉をなした際、被告会社は前記労働組合側代表者に対し、若し従業員のうち被告会社の将来に不安を抱き、自ら退職を希望する者があれば、被告会社は退職届受理後一週間以内に退職金を支払う旨を明らかにしたところ前記組合側代表者もこれを諒解し被告会社に対しこれが履行を求め同年四月二十八日右約定を書面に明確にするよう要望したので、被告会社において右労組側に対し甲第二号証「確約書」を作成交付したのである。右確約書記載のとおり「会社の前途に希望を持ち、残存を希望する者に対しては残存を認め」るとあるに徴し、会社の前途に対する各自の見透しによつて退職する者があればそれは即ち自己の都合により退職する者であることが明らかである。

被告会社は、右約定に基づき、同会社黒川鉱場の従業員皆川一夫外数名が退職した際、自己の都合による退職として一週間以内に退職金を支払つた次第である。然るに原告等は帰場の上被告会社に対し三十四名が退職したので退職金を送るよう打電してきたので被告会社は退職届と退職金受領委任状を代表者に持参するよう通知したところ、原告等はこれに対し何等の返答をすることなく突如、昭和三十一年五月十四日秋田地方裁判所より被告会社に対する仮差押決定を得てこれを執行し、剰え後記主張のとおり大担なる不法行為を敢えてし、世に法なきが如く振舞つているのである。

請求原因第二の事実中、被告会社が原告主張のような額の昭和三十一年三月分及び同年四月分の給料を未払のままでいることはこれを認める。

第三の事実については、その主張のような健康保険料、厚生年金保険料、失業保険料は事業主たる被告会社が直接国に対して支払義務を負うのであつて、原告等は如何なる意味においても被告会社にその支払を請求しうる関係にはないのである。

第四の主張事実は全部これを争う、と述べ、

抗弁として、

一、原告等は共謀のうえ、被告所有の財産中、

昭和三十一年

五月十三日頃

チユービングパイプ六百六十八米

時価

金一万六千円相当

同月十四日頃

右物品数量不明

金十万円相当

同月十九日頃

自動車一台

金一万五千円相当

同月二十四日頃

チユービングパイプ数量不明

金五万円相当

同月二十七日頃

右同 数量不明

金八万円相当

同月二十九日頃

三十キロワツト及び二十キロワツトの

トランス並びにチユービングパイプ

合計金九万六百九円相当

同年六月五日頃

石油重油三千三百七十一キロ

金二十五万三千二百七十七円相当

同月十一日頃

ガス鉄管 十米

金五百円相当

同月十五日頃

チユービングパイプ三百米六十一

金十五万円相当

同年七月四日

泥油 約二十キロ

金四万五千円相当

を他に無断売却処分し、或いはその売却代金を着服して横領し合計金百三十万六百八十六円の損害を被告会社に加えたから、原告等は被告会社に対し連帯して右同額の損害賠償債務を負担すること明らかである。

二、又原告等は共謀のうえ、昭和三十一年七月五、六日頃被告会社所有の秋田県山本郡峰浜村沢目所在の第二号社宅建坪四十六坪第七号社宅建坪三十六坪五合中、二十一坪、第二号宿舎及び集会場三十三坪七合五勺、坪当り金四万円相当を不法に取毀して他に持ち去り合計金四百三万円の損害を被告に与えたから、原告等は連帯して被告に対し右同額の損害賠償債務を有すること明らかである。

よつて、被告は本訴においてこれ等原告等の被告に対する損害賠償債務と、前記被告の原告等に対する債務とを対当額において相殺すると述べた。

理由

先ず本訴第一の請求について按ずるに、原告等が被告会社の従業員であつて、昭和三十一年四月二十八日同会社を退職したこと、原告等の被告会社に対する勤務年数が別紙第二号目録「勤続年数」欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

而して、原告等を含む大同石油労働組合と被告会社間に労働協約が存すること、及び右協約第六十二条によつて原告等の退職が同人等各自の都合による場合には、被告会社は原告に対し退職金を支払うべく若しその退職が被告会社の都合によるものである場合には右退職金の外解雇手当を併せて支払う義務の存することは被告において明らかに争わず又は弁論の全趣旨により争つたものとは認められないから自白したものと看做す。

原告等は同人等の退職金として被告会社に対し合計金二百六十万七百二十円の支払を請求し(訴状には合計金四百三十一万三千三百八十四円とあるは右のとおり明白な書き違えと認める。)被告会社も原告等に対し退職金の支払義務あることは認めるが、その額は合計金百八十三万二千三百六十二円であるとして原告主張の額を争うので按ずるに、原告主張の退職金額となるべき算定基準につき、その主張のような退職時における一ケ月分の本俸、物価手当、生産手当の各金額については甲第二号証(弁論の全趣旨に徴し被告においてその成立を自白したものと看做す。)によるもこれを認めることはできないし他に右主張を認めるに足る証拠はない。(右以外の甲号証は原告においてその成立を立証しないところであるから本件認定の資料に供することはできない。)

従つて、原告等主張の退職金の支払を求める部分は理由がないものというべく、尚又原告主張の退職金の請求の一部として被告の認める総退職金額の範囲内にその額を限定するも、各原告がその範囲においてそれぞれ幾何の退職金を請求できるかにつき何等立証しないところであるからいずれにしても原告の退職金の支払を求める部分の請求は理由がない。

原告は、原告等の退職が被告会社の都合によるものである旨主張し退職金の外解雇手当の支払を請求するが、前記成立を認め得る甲第二号証によるも右主張事実を認め難く、他に右主張を認むるに足る証拠もないから、原告等のこの部分の請求も失当である。

次に、本訴第二の請求につき、原告等が被告会社に対し別紙第一号目録記載のような昭和三十一年三月分及び同年四月分の給料債権を有し、被告会社において未だその支払をしないということは被告において自白するところであるから原告等の被告会社に対する別紙第一目録記載額の金員合計金五十四万二千二百十六円の支払を求める本訴請求は理由がある。

次に、原告は本訴第三の請求として被告会社は原告等より別紙第二号目録記載のとおり同人等の負担すべき健康保険料、厚生年金保険料失業保険料を源泉控除しながら、国に納入しないからこれを原告等において被告会社に代り国に納入するため被告会社に対しその支払を請求する旨主張するので按ずると、原告等がこれ等各保険の被保険者であること及び被告会社がこれ等各保険料を原告等より徴収しながら未だにこれを納入しないことは被告において明らかに争わず又は弁論の全趣旨に徴し争つたものとは認められないから自白したものと看做す。而して健康保険法、厚生年金保険法、失業保険法の各規定に徴すれば原告等が原則として事業主である被告会社とともに所定の保険料の二分の一を負担する義務があり被告会社は尚事業主として右原告等の負担する厚生年金保険料及び健康保険料並びに失業保険料を納付すべき旨が定められ他に納付義務者の代用等の制度がない以上、法定納付義務者としては事業主たる被告会社が定められているのみであること明らかである。従つて原告等が国に対する関係において支払義務を負担するものでなく、又これ等保険料を被告会社において支払わないからとて原告等のこれ等保険法上の利益に消長をきたすことがないのであるから被告がこれ等保険料を国に納入しないからとて、原告においてこれを国に支払うため、被告会社にその払戻を請求する権利は当然には発生しないものと解するを相当とする。

次に、原告笠原初太郎、同堀内ユリ子、同後藤史郎、同藤田勝雄等は昭和三十年中又は同三十一年に出張をなして出張旅費の支払請求権を有し、又は交通費の支払請求権を有し、これ等合計金二万二千八百九十四円の支払請求権を有するところ、未だその支払を受けない旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠はないから理由がない。(この点に関する甲号証は成立を立証しないから、右の点に関する原告の主張事実を認定する資料とすることはできない。)

以上のとおりであるから、原告等の被告会社に対する本訴請求中、別紙第一目録記載の金員合計金五十四万二千二百十六円の支払を求める部分は理由があるものというべく、被告は原告等に対し同目録記載のとおりの金員を支払う義務がある。

次に被告は原告等が昭和三十一年五月十三日頃から七月四日頃にかけ被告会社の製品等を横領して合計金百三十万六百八十六円の損害を加え、或いは同年七月五、六日に亘つて同会社所有の社宅等を毀滅して合計金四百三万円の損害を加えたから、被告は原告等に対し右同額の損害賠償債権を有するから、該債権を以つて前叙原告等に対する未払債務と対当額において相殺する旨主張するけれども、右被告主張の反対債権を認むべき何等の証拠もないから採用できない。

よつて、原告等の被告会社に対する本訴請求中、別紙第一号目録記載の金員合計金五十四万二千二百十六円及びこれに対する昭和三十一年五月二十三日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容すべきも、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小嶋彌作 小田倉勝衛 阿部秀男)

(別紙省略)

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